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第一章 = Chapter 1
08.
 それから二人は無口になった。キティは顔を伏せて、ディアのシーツを見つめているし、ディアはいろいろと考えなければならないことが多すぎた。
(あのとき)ディアは思った。(あの意識が消えかかるとき、ぼくはたしかに見た。けど、どうしてあそこに? マッシュたちはあれに気がついていたのかな。あんなに大きな人だったんだ。気がつかないわけがない。今度会ったら聞いてみよう。あと、さっき見た夢。あれはなんだったのかな。昔のことなのかな。ぼくが覚えているのとはちょっと違うみたいだし……)
 不意に、「ねえディア」とキティが遠慮がちに声を掛けてきた。
 ディアはキティに意識を向けた。「うん、なに?」
「あのね、ディア。あのね……」と、なにやらキティは歯切れが悪かった。
「どうしたの、キティ」
「あのね……」キティはしばらくうつむいていたが、やがて意を決したように口を開いた。「あの話が原因だってことはわかってるの。こんなことわたしが言うことじゃないとも思う。でも、わたしね、そろそろ、変えたほうがいいと思うんだ」
「……」ディアは黙ったままキティを見つめた。
「そりゃあ、ディアの気持ちも分かるけど、でも、やっぱりディアはさ――」
「ううん、キティ」とディアがキティの話をさえぎった。「ぼく、うん、ぼくはこのままだよ。たぶん、ずっと」
「でもね、ディア」
 そのとき、キティの背後に人影が現れた。ディアがいち早く気がついて、目をそちらにやる。キティはそれを見て、しゃべりかけていた言葉を飲み込んでから、背後に振り返った。
「やあ、ディア」手を上げて入ってきたのは、マースンおじさんだった。「調子はどうだね?」
「すごくいいよ」ディアが返した。
「そうかい、そりゃあよかった」
 おじさんの後ろからポーラおばさんが入ってきた。
「あ、お母さん」
 キティがつぶやくのを見て、おばさんがうなずいた。それから、おじさんの腰をぽんと叩いた。
「う、うむ」とおじさんが姿勢を正し、おばさんとキティを一瞥した。「あー、そのことなんだがね」おじさんがディアに視線を合わしてきた。「ディア、話があるんだ」
 ディアはそのこととはなんだろうと考えながら、部屋にいる三人を見回した。
「うん、いいよ。なに?」
「あのだな、ええと」
「お父さん」ポーラおばさんが再びおじさんの腰を叩いた。
「息子達が」マースンおじさんが前に乗り出した。「お前さんにとんだことをしちまったようだ。あいつらは昔からろくなことはしなかったが、今度ばかりはさすがにいたずらが過ぎた。ディア、痛かっただろう? 本当に、すまなかったな」
 おじさんが頭を下げた。ディアは左手を振った。
「いいんだ、それは」
「いいや、よくない。息子たちの責任は私たちの責任だ。ディア、お前さんになんてお詫びしたらいいか見当もつかないよ。だがしかし、謝らせてくれ。本当に、すまなかった」
 ディアはおじさんの謝りぶりに逆に緊張してしまい、余計に左手を大きく振りだした。
「ううん、そんなこと。いいんだよおじさん」
「ディア」おじさんがディアの右腕に眼を移した。「ああ、まったく、痛かっただろう? うちの息子たちは一線を越しちまったようだ。お前さんにこんな怪我をさせて」
「おじさん」ディアは声を張り上げた。「いいんだ、そのことは。これは、僕だって悪かったと思ってるんだ。不注意だったんだよ。マッシュたちの悪ふざけはよく知っているはずだったのにさ。言ってみれば落とし穴に自分から落ちるようなもんだよ。あんなわかりやすい罠にはまったぼくが悪かったんだ。だから別に怒ってなんかいないんだ。だって、だってこんなのいつものことだろ? いつものやりとりじゃないか。ただ、今回はちょっと規模が大きかっただけ。だから心配いらない。それにちゃんと手当てしてくれたし。うん。だからおじさん、そんなに謝らないで。大げさだよ、いくらなんでも」
「そ、そうかね?」おじさんはディアの話に面食らった様子だ。「な、なら、いいんだが……いや、でもなぁ」
「いいんだよ、おじさん」
 ディアはそういって、強くうなずいた。
「……すまない、ディア」おじさんはもう一度頭を下げた。「マッシュたちにはきつくいっておいたよ。もうこんな大きなことは二度とさせない」
「うん、ありがとう」
 ディアがもう一度うなずいた。おじさんは神妙な顔立ちで一歩後ろに下がり、おばさんの横に着いた。すると、おばさんがなおもおじさんの腰を叩いた。ディアはなんだろうと思った。
「あ、ああと」おじさんが思い出したように指を上げた。「ディア」
「えーと、なに?」ディアは首をかしげた。
「そのだな、もう一つ、言うことがあったんだ」
「どうしたの?」
「うむ」
 マースンおじさんはそういったきり、黙ってしまった。それを見かねたポーラおばさんが、一歩前へ出た。
「あのだね、ディア。前々から思っていたことがあるんだよ」
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