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第一章 = Chapter 1
09.
 おばさんの言葉に、ディアはまた首をかしげた。
「えーと、どうしたの?」
 おばさんは一つ咳をして、ディアを正面から見つめた。
「森の中で、一人で暮らしているお前さんがもし倒れたら、それに気がつく人間はいないんだってことをさ。それがどういうことだか、わかるかい?」
 ディアは目を丸くした。
「今回はそれとはちょっと違うかもしれないんだけどね。でも、結局は同じことだと思うんだよ。だから、あたしたちは心配でしょうがないんだ。昨日はなんともなかったけど、今日はどうなるかわからない。もしかしたら、クマにでも襲われてるんじゃないか、疫病にでもかかって苦しんでるんじゃないかとね。あたしたちは不安で不安でしょうがないんだ」
「でも」ディアがいった。「いままではなんともなかったじゃない」
「いままではね」ポーラおばさんがうなずいた。「でも、明日は? 明後日は? それとも、一ヵ月後は? わからないでしょう? ここなのよ、ディア。ここなの」
「それは、そうなんだけどさ」ディアはためらった。「だからって、ぼくにどうしろっていうの? そんなの、無理だよ」
「村長には、私がなんとかいってやる」とマースンおじさんが前へ出てきた。
「そもそもおかしいのよ、こんなの」ポーラおばさんがいった。「まだこんなに小さな子を、村から追い出すだなんて」
「でも、それは決まったことだ」ディアは声のトーンを落とした。
「ううん、そんなことない!」突然、横のキティが大声を上げた。
 ディアは驚いてキティを見た。
「だって、やっぱりおかしいもの!」
「そうよ、その通りよキティ」おばさんが同調した。「だからね、ディア」
 ポーラおばさんがさらに身を乗り出してきた。ディアは思わず仰け反った。
「そうだぞ、ディア」おじさんもポーラおばさんと同じことをした。
「そうよ、ディア」キティもだ。
「な、なにさ」ディアは口を半開きにして尋ねた。
 でも答えはわかりきっていた。そして、三人の口が一斉に開いた。
「うちで一緒に暮らそう」
 心があったかくなった。でも、やっぱりそれは無理な話だった。
「気持ちは嬉しいけど、ダメだよ」
「どうして」キティが意気込んだ。
「村の人たちが許さない」
「あたしがなんとか言うわ」とおばさん。
 ディアは首を振った。「ううん、それだけじゃない。ぼく自身が、嫌なんだ」
「なにが?」キティがいった。「あ、もしかしてマッシュ? 大丈夫よ、わたしたちが」
「違うんだ」ディアは口調を強めた。「違うんだよ、マッシュじゃない。ぼくが嫌なのは……嫌なのは、この村なんだ」
 ディアの言葉に、三人は固まった。
(愚かなこの村で暮らすだなんて、ごめんだ)
 心の中で、その続きをつぶやいた。
 しばらく、誰も口を開かなかった。ディアは視線を落として、真っ白なシーツを見つめていた。手に力を入れて、そこに皺を作った。
「……やっぱり」とポーラおばさんが口を開いた。「あたしたちのことを恨んでるんだね、ディア。あのとき、あんたを見捨てたことを」
「違う」ディアが慌てて否定した。「それは違うよ、ポーラおばさん。あれは仕方がないことだったと思うんだ。だから、あのことは恨んでない」
「だったら、どうして」
 キティがつぶやいた。ディアは彼女に顔を向けた。キティは下を向いていて、目を見ることはできなかった。
「村の人たち。ぼくは、村の人たちと合わないと思うから。だから、ここにはいられない」
「そんなことって」キティがディアに顔を向けた。「そんなことって、ない」
 そのあと、すぐに目を逸らす。
 ディアは左手を右腕にやって、添え木を撫でた。
「ぼくはこの家が好きだ」
 ディアはシーツをどかして、足を動かした。みんなが反応した。けどディアはそれを無視して、足をベッドから床に下ろした。足先が靴に当たった。
「マースンおじさん、ポーラおばさん。それに、キティ」
 ディアは三人を見回した。
「マッシュたちだって、ちょっと苦手だけど、そうさ」
 ディアは靴を履き、立ち上がった。キティが一歩前に出た。ディアはそれを左手で制した。
「ぼくはこの家の人たちが好き、大好きなんだ」
 そういって、ディアは前へ歩き出した。キティとおじさんの間を通り、目の先の扉を目指した。三人は黙ってディアを見守っていた。
「でも」とディアはつぶやいた。「それがここで暮らす理由にはならない。村の人と、おじさんたちは、別なんだ」
 ディアは、木造の扉に手をかけて、それを開けた。そしてゆっくりと振り返った。キティと目が合った。彼女は再び足を少し動かした。けど、それ以上は動かなかった。
 おじさんたちはなにもいってこなかった。三人とも口をぴたりと閉じていた。だからディアはうなずいた。満足げに、うなずいた。
「じゃあ、ぼくは帰るよ。手当てしてくれてどうもありがとう。今度、お礼をさせてね。こんなに大きな肉を持ってくるよ」
 それじゃあ、とディアはもう一度告げて、その部屋から出ていった。レンガで囲まれた廊下を通り、階段を下る。ディアは歩き続けた。その家の中を。まだ足がふらつくにもかかわらず歩き続けた。あたたかくて涼しい家から、冷たくて暑い外へと向かって、ディアはただ、歩き続けるのだった。
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